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by motohirokoshiyama
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広島女児殺害事件で、死刑ではなく無期懲役判決がでました

「複数人を殺害すると死刑判決がでやすいが、1人の場合は無期懲役が妥当。」昨日からマスコミの論調はこのようなものが大半でした。人の命はお金ではかえないと言われます。死刑という制度について、私はその是非についてまだ結論がでていません。

ただ、今回の被告(弁護人)の発言を聞く(新聞などで読むといったほうが適切かもしれません)と、許すことはできない感情がわいてきます。「悪魔のささやきで罪を犯してしまった、平常心だったら絶対行わない。」ここまではわかります、では何故「無罪請求」なのでしょうか。今、被告人は正常な状態にいると思います。いくら異常状態で犯した罪であったとしても、正常な状態に戻ったら自分の犯した罪に対して反省してもいいのではないかと考えます。

そのような姿勢が見えない中、今回の判決について疑問が生じます。人の命に重さがあるのでしょうか、一人と二人では、殺人という行為に対して差があるのでしょうか。今回の事件は、裁判員制度を意識した「公判前整理手続き」が8回実施されたといいます。裁判員制度が導入されていたらどのような判決が言い渡されたか、私がその裁判員だったらどのような判決を採択したか、考えさせられます。極刑反対という人も多々いることはわかりますが、遺族の方の心中を察すると何らかのわだかまりが残ります。

人間が犯罪者であっても人の命を奪う死刑判決は問題であるという主張はわかります、では無期懲役とは、本当に無期懲役なのか、模範囚であれば10年以内に仮出所できるといいます。このような制度が問題といえば問題なのかもしれません。
この種の問題について、毎回問題提起で終っている自分自身に対して、腹立たしい感情もあります。一体どう結論づければいいのか、悩んでいます。

新聞記事
西日本新聞
読売新聞
朝日新聞
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by motohirokoshiyama | 2006-07-04 19:05 | メディア(本、映画、記事)紹介