F1・カスタマーシャーシーについて
2007年 02月 16日
1)1995年のリジェ、ベネトン
1994年末、ブリアトーレ(ベネトンのマネージャー)は疲弊したリジェ・チームを買収しました。しかしFIAの規則では彼(ブリアトーレは実質、ベネトンチームのオーナー代行であった)が同チームを所有することを認めていなかったため、彼はチームをウォーキンショーに売却してチーム運営を任せました。しかし、1995年のベネトン、リジェのマシンはカラーリング以外は瓜二つでした。当時レギュレーションでは他チームによる同一マシンの使用は禁止されていましたので、両チームはデザイナー移籍による偶然の一致だと主張し、他チームの追及を逃れました。
見てわかるように、レッドブル、トロロッソ以上によく似ています(というより、そっくりです)。左がベネトンB195、右がリジェJS41
2)1978年のシャドウ、アローズ
1997年末に、ジャッキー・オリバーとアラン・リースという人物がシャドウから分離してアローズは結成されました。分離独立したメンバーの中にトニー・サウスゲートもいましたので当然、翌年デビューするマシンは似ています。実際のデビューはアローズFA1が先でシャドウDN9は後でしたが、シャドウチームから盗作であると訴えられ、アローズチームは敗訴しています。
確かによく似ていますし、この後アローズが発表したA1もよく似ています。同じデザイナーがデザインしたわけですから似てしまうのもしようがないといえばしょうがない話ですが。左がアローズFA1、右がシャドウDN9
カスタマーシャーシーについては、いろいろな議論があると思いますが、F1も競争世界ですから、疑惑のあるシャーシーの利用はさけるべきではないかと思います。
ただ少数精鋭のF1レースも魅力がありますが、多数のチームが参加して今のような高速パレードではなく、真の競争をするF1もまた魅力があります。膨大な費用が発生するF1の開発コストをさげ、ある程度の資金力があるチームが同一の性能のマシンで戦うF1レースが個人的な願望ですが、このようなルール作成はなかなか困難なのかもしれません。
1960年代から70年代にかけて、プライベートチームも参加ができたF1って面白かったと思うのですが、どうでしょうか。ロータス、クーパーは型落ち(場合によっては最新型マシン)のシャーシーをプライベートチームに売却していましたし、マーチはプライベートチーム用にマシンを販売していました。今では考えられないことですね。左がワークス、右がプライベートのロータス47C
上がワークスマーチ701、下がプライベートマーチ701、ドライバーはこの年にデビューした、R.ペテルソンとF.セヴェール。このように有能な若手ドライバーがプライベートマシンで好走し、ワークス入りする道が開けたよき時代でした。ただしこの二人については別格かもしれません。F.セヴェールはケンティレルチームからのデビューですし、R.ペテルソンは事実上のワークスジュニアチームからのエントリーでした。しかし与えられたチャンスを利用して、ペテルソンは翌年マーチワークスチーム入りしました。才能がなければ、また機会が与えられなければワークスチーム入りは遅れたかもしれません。
今、F1を目指す若手のドライバーは、各チームのテストドライバーになることをまず第一の目標としています。これはこれでいいのですが、やはりトップドライバーとレースをすることは、テクニックを磨く上でかけがえのない経験となると考えます。ラップ遅れにされてもその後ろにつくことで、ブレーキングのタイミング、コーナリングの仕方などが学べると思います。若い、経験の乏しいドライバーが遅いマシンをドライビングすると危険が増すという可能性もありますが、やはりイキのいい若いドライバーがライコネン、アロンソとバトルするの見たいですよね。
写真は http://f1-facts.com/ から