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by motohirokoshiyama
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エリツィン前ロシア大統領が死去

ロシアのボリス・ニコラエビッチ・エリツィン前大統領が23日午後3時45分(日本時間同8時45分)心臓衰弱による多臓器不全のためモスクワ市内の病院で死去しました、享年76歳。旧ソ連の民主化に向けて決定的な役割を果たしましたが、国民生活の面ではめざましい成果をあげられないまま、政権をプーチン現大統領に譲った大統領として記憶にあります。
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彼の歴史を紐解くと、ウラル地方のスベルドロフスク州で生まれ、ゴルバチョフ政権初期の85年にモスクワに引き上げられ、86年には党政治局員候補に昇格しています。民主改革派の指導者的存在となり、ソ連人民代議員、ロシア共和国最高会議議長を経て、91年6月同共和国初の大統領選で圧勝、ゴルバチョフ氏を脅かす存在となりました。同年8月のゴルバチョフ政権へのクーデターを阻止したことで決定的な権力基盤を築き、12月には旧ソ連を構成していたベラルーシ、ウクライナ首脳と独立国家共同体(CIS)を創設し、ソ連を解体しました。
このころが彼の絶頂期だったと思います。対日関係では93年に訪日。細川首相と署名した「東京宣言」で、択捉、国後、歯舞、色丹の北方四島の帰属の問題を解決して平和条約を締結することで合意、さらに97年には橋本首相と20世紀中の平和条約締結を目指す「クラスノヤルスク合意」を交わすなど、関係打開に執念を燃やしましたが、平和条約の締結は果たせませんでした。日本にとっては、理解しあえる相棒であったわけです。
権力がすべてのひとという見方もあります。危機が発生すれば政府に責任を押しつけ、首相の首を何度もすげ替え、権力への執着は「皇帝(ツァーリ)」との異名をとらせたました。ソ連崩壊後のロシアをさらなる分裂という混迷に陥るのを防いだ功績は評価されています。また民衆の心をつかむのは巧みで、ゴルバチョフ・ソ連大統領が拘束された1991年8月のクーデター事件の際にはロシア共和国大統領として戦車の上に立ち、国民にゼネストを訴えるというパフォーマンスで支持を集め、クーデターを失敗に終わらせています。
新生ロシアに市場経済を根付かせることを目指して、価格自由化や民営化などの改革路線に着手していますが、98年には対外債務支払い延期に追い込まれるなど経済を安定させることができず、ロシアからの分離独立を求めたチェチェン共和国に軍事介入し、一般住民に多数の犠牲者を出すなど、強権的な政治手法が目立ち、99年12月、任期を残したまま当時のプーチン首相を大統領代行に任命して引退しました。
ある意味、現在のロシアの基礎を築いた政治家の一人だったと思います。ご冥福をお祈りいたします。
 
写真は http://www.jiji.com/ から
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by motohirokoshiyama | 2007-04-24 12:33 | 日記